(4)引力と逆引力

 

 ここでF(A)を「引力」とすれば、F(B)は「逆引力」と呼ぶこととします。

 逆に、F(B)を「引力」と呼べば、F(A)は「逆引力」ということになります。

 

 さて以上のことより、万有引力の公式①は、単なる「スカラー」を表しており、その式の内部に、相対立すると「引力」と「逆引力」という二つの「ベクトル」を有している、と結論づけることができます。

 

 「万有引力」において、「引力と」「逆引力」とが作用しあっていること、このことは、一見「あたりまえ」のことのようにも思えます。

 例えば、月と地球とを見れば、「互いに」引力を及ぼし合っているだろうことは、自明です。

 

 しかしこれが、人工衛星と地球であったならばどうでしょうか。

 「地球が」、人工衛星に引力を及ぼしていることは見えても、「人工衛星が」地球に引力を及ぼしていることは、つい「失念」してしますのではないでしょうか。

 ましてや、「大きな地球が」「小さな人工衛星を」引っ張る力と、「小さな人工衛星が」「大きな地球を」引っ張る力とが「同じだ」と、思いが及ぶでしょうか。

 

 宇宙において、「地球」の「引力」は見えるのに、「人工衛星」の「逆引力」が見えないのは、単に地球に比べて人工衛星の「慣性」が極端に「小さい」からに、ほかなりません。

 「慣性」の「大きい」地球は、「同じ値の逆引力」によって「動かされにくく」、「慣性」の「小さい」人工衛星は、「同じ値の引力」によって「動かされやすい」のです。

 この結果、地球の引力は、人工衛星の「運動」を通じて「見える」のに、人工衛星の逆引力は、全く見えなくなってしまいます。

 

 宇宙での引力に関して生じる「失念」が、「地上」での引力については、いっそう極端になります。

 

 地面に立ってみます。

 すると、「大きな地球が」「小さな自分に」、「引力」を与えているな、ということは一応想像ができます。

 しかし「小さな自分」が「大きな地球に」に対して、「同じ大きさ」の「逆引力」を与えていることまでは、なかなか思いが至りません。

 

 「地球」は大きい、他方「自分」は小さい。したがって、地球が生じる「引力」に比べて、自分が地球に与える「逆引力」は「微々たるもの」であるはずだ、と感じてしまいます。

 しかし、ここに大きな「錯覚」があります。

 さきほどの式⑨または⑩にあるとおり、地球が自分に及ぼす「引力」と、自分が地球に及ぼす「逆引力」とは、ベクトルに於いては「方向」が違いますが、スカラーとしては「同じ」なのです。

 

 なぜかと言うことを、再度考えてみます。

 地球は大きい、したがって巨大な「起引力」を持つ。しかし自分は小さい、したがって小さな「受引力」しかない、しがたって、地球の「起引力」がいかに巨大であっても、「自分」に対して与える影響、すなわち「引力」は「限定」されたものとなります。

 

 他方、自分は小さい、したがって小さな「起引力」しか生じない、しかしその起引力がいかに「微弱」であっても、その起引力は「地球全体」に影響を与えます。自分が生じる起引力は微弱だが、地球は巨大であり、その受引力も巨大である。したがって、自分が生じる「逆引力」は、地球が生じる引力と「全く互角」となります。

 

 以上により、地球上のあらゆる人また物体は、地球と全く「互角」に、「同じ値の力(スカラー)」で、互いに逆方向に(ベクトル)引っ張り合っているということになります。